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2010/11/12帰省

11/11の仕事を18時で終え、店長を含む一部の方に4日間留守にすることを断ったのち、家に帰り帰省の準備をした。歩いて僧都橋を渡り、御荘のバス停から20時50分発梅田行きのバスに乗り込んだ。幸い席はガラガラに空いていた。そこで気分良く早速、ワンカップとつまみを取り出し飲み始めた。バスは海岸べたを走るので左右によく揺れアルコールが体中にしみこむのもめっぽう早い。次の駅の岩松は乗降客がないので通過したところまでは意識があったがその後、宇和島や東大洲を通過したのも夢の中で、夜中寒くなったので一度目がさめ毛布をかぶり再度、寝入り三宮を通過したのも気がつかなかった。大阪へ近づいた15分前の車内放送で、やっと目が覚めた。
大阪駅の変わり様には目を見張る。駅の北側の方に高層ビルが建ちそこから各ホームをまたぐように大きな屋根ができあがっていた。又各ホームも幅が従来の2倍ぐらいになりいくら混雑してもこれならホームから転落する人はいないだろう。
いつもは6時23分発の快速で草津に向かうが8番ホームで待っているとすぐ隣の9番ホームに米原行きの新快速が止まっていたのでおそらくそちらの方が草津に着くだろうと思い、又階段をおりてそのホームに行き電車に乗り込んだ。案の定、6時38分発なのでおそらくこちらが早くつくと思われた。京都、山科、大津までは先に出た快速と同時に発着していた。その後は新快速の方が早いが、なんのことはない結局2-3分早くついたくらいと思われ、たいした違いはなかった。草津に着くといつもはここから歩いて帰るのだがあいにく雨が降っていたのでタクシーで帰る。ワンメータの660円で1カ月ぶりに自宅につく。
明日は昨年に引き続き小学校時代の同窓会があるのでチャリンコに乗ってJR栗東の近くの床屋(散髪屋)に行く。ひととおり散髪がすみ、眉毛が元総理大臣の村山さんみたいになっているので切りますかと聞かれ切ることを即断する。家に帰り今度は南草津のサウナに又、チャリンコを走らす。目的地の極楽湯はJRの駅で草津から1駅離れた南草津駅前の国道沿いにありかなり距離はあるがそれでも家から25分くらいで行ける。今日は晴れて空気もよいので気持ちがよい。極楽湯仁つくと平日でもありガラガラにすいていた。例によってサウナに2回入って体全体の毛穴の掃除をする。旅の疲れを洗い流した後、帰路につく。帰る途中、時間も午後1時30分を過ぎていたのでお腹も減り、王将で昼食をとる。餃子2人前と瓶ビールを注文する。隣の初老の老人が煙草を吸おうとするので、従業員はしらん顔をしているので禁煙だと注意するとここは2時からは吸えるのだとかみついてくる。確かに禁煙の下に小さく午後2時までは禁煙と書いてある。まだ2時前だと言っても、若者で絡んでくるならいざしらず、いい年して絡んでくるので、こんなバカ相手にしてもバカらしく従業員も知らんフリしているのでどうぞ吸ってくださいといって別の席に移る。本人もばつが悪くなったのか店を出ていった。前に座ったおばあさんが、この世の中おかしくなっているといい、当たり前のことをいってわからぬ輩が増えている。年齢にかかわらず短気なものが増えているのであまり関わらない方がよいと言ってくれる。些細なことで危害を加えられてはたまらないので今後はもっと気をつけようと思った。
翌日は今回の帰省目的の同窓会である。JRの大津駅で幼友達で幼稚園から高校まで一緒であったMAちゃんと待ち合わせである。JRは遅れていたが無事定刻までにつく。彼はすでに着いていてキオスクで缶コーヒを買っていた。目が悪くぼやーとしかみえないらしい。サングラスをかけている。1年ぶりの再会を喜び合う。タクシーでホテル紅葉へ向かう。
すでに幹事のYO君、NI君、IN君、女性のHMさんがラウンジで歓談していた。30分ほどラウンジで過ごした。HMさんがTI先生とともに40年以上前に行った比叡山での私を含む10名程集まった白黒の写真を袋に入れて私が持っているかと言って、持ってないと言うとくれるという。私の写真が写っているが、あまり記憶が定かでない。すでに死んでしまった若々しいHE君の写真もある。みんな非常に若々しい。今と偉い変わり様である。
今日の宴会の彦根の間に入ると、畳の間であったが結婚式みたいに長い机に椅子がおかれ料理もすでにおかれていた。紫式部を描いた大きな紙が料理にかぶせてあり、MAちゃんが作った小物が一人一人の机の上に載っていた。彼女はいつも心細やかである。その後続々といっても合計13名が集まった。TI先生もMAちゃんが自分の車で迎えに行って連れてきてくれた。昨年は風邪をひかれていたのでそうでもなかったが今年の先生は元気がよかった。私の姿を見つけ幼少時の名前で呼んでくれた。私も懐かしく先生の肩を抱く。最後に市会議員をしているSAちゃんがそろったので会が始まる。今回の幹事のNI君が会の始まりを宣言し、物故者となったKO君、HE君、YA君、およびMO先生にたいし30秒の黙祷をささげる。
会が始まるにつけ昔のことが思い出され昔、それほど目立たなかったおとなしかった人が社会人となってえらい活発になり驚くことしきりである。先生からみんなに敷物のプレゼントをいただく。
宴もたけなわになり、ビール瓶をもって一人一人の席を廻る。みんなとは小学校の6年間同じクラスで今回きていただいたTI先生には1年から3年まで薫陶を受けた。その後の6年まで今はなきMO先生にお教えいただいた。幼稚園も入れると7年のつきあいで昔のことが走馬燈のようによみがえる。幼稚園は戦後のどさくさがまだ続いていたのでお寺での間借り、講堂での間借り、最後に新しくできた幼稚園へ移ったことなど懐かしく思い出す。2時間の宴会も瞬く間に時間が過ぎる。途中、市会議員のSA君が帰る。来年はNA君とUE君が幹事となった。その後もみんな別れがたく場所をラウンジに移す。ひととき歓談後、先生を送り出し、帰りもMAちゃんと2人でタクシーにて大津駅に向かい来年の再会を約束し健康で過ごすことを確かめ合い別れる。
14日の日曜日はチャリンコで栗東、守山方面にぶらぶらとペダルをこぎ出す。紅葉が少しずつ進んでいるようで山の中腹ではかなり赤や黄色が目立つ。のんびりと澄んだ空気を吸い気分がさわやかになる。家に帰って女房に明日お店におみやげを買いに行くついでに京都のお寺に紅葉を見に行こうといってうまく誘い出す。
どこがいいかというと東福寺という。JRでいくと京都から奈良線にのって一駅である。有名な伏見稲荷にも近い。
15日の月曜日はよく晴れ行楽日和である。
JR東福寺駅で降りると、京阪も接続しておりかなり多くの人が東福寺に向かって歩いている。東福寺まで15分ほど歩くと多くの観光客でごった返ししていた。一人400円の拝観料を支払い中にはいる。この寺は京都五山の一つで創建は鎌倉時代。時の摂政関白藤原道家が南都東大寺と興福寺から東と福の二字をとり菩提寺として造営した。15mの大仏を安置したらしいが何度も火災があり大仏を含め大部分は消失したらしいがそれでも山門(三門)、本堂、禅堂などの大伽藍がそびえている。中に入っていくと谷の中に川というか溝があり、それをまたいで長い通天橋という幅4~5mの瓦屋根付のわたり廊下がそこから下を眺め見る非常に多くの紅葉の鮮やかさは格別である。カメラや携帯で多くの人が盛んに写真に納めている。私たちはカメラを持ってこなかったので瞼に焼き付ける。真紅、黄色,赤まことに鮮やかである。女房は京都の人間なので京都のことは何でもよく知っているがここへ来たのは初めてでこれが最初で最後の見納めというような殊勝なことをいっている。京都駅に戻り、御荘のお店の人に以前から前宣伝していた阿闍梨(あじゃり)餅を10数人が並んでいる京都駅地下の伊勢丹でおみやげとして買う。このお菓子は京都らしく皮がしっとりして中のあんの味が格別で他の菓子には見られない。目的を果たし帰路に就く。
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