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2010/12/29帰省

今年も年末から年始にかけて滋賀へ帰ることにした。予定では29日の夜行バスで御荘をたちまた、3日の夜行バスで帰ってくることにした。30日から寒気団がくるので1日前でよかったねとYAさんが労ってくれる。18時に勤務を終え、夕食を終え、滋賀にいるワン公のために予め買っておいた少し大きめの10cm位のジャコを4袋ほど鞄に詰めるともういっぱいになった。もう一つの鞄にはカメラと今晩にバスの中で飲む御神酒と酒の当てを詰め込む。
火の元、戸締まりを確認し、20時30分に家を出て歩いて僧都川を渡り、御荘警察署の近くのバス停へ向かった。
しばらくして梅田行きのバスが来たので乗り込むと一つ前の始発の城辺から乗り込んだ客が数人が前の方の席にかけていた。
いつも利用する所定の8Cの席に腰をすえるとすぐさまお酒を飲みだした。竹輪やおかきをかじりながら、窓のカーテンををあけ、外の暗闇の景色をみながら今どこを走っているか想像を巡らせていると案外酔いは回らず、まもなく岩松に着いた。ここから2人乗り込んできた。ここには以前、勤めていた津島店がありなつかしい夜景が浮かぶ。岩松川が今、走っている国道56号線に平行して流れているが一つの老朽化した橋の架け替えが行われていてほぼできあがっていた。ここを出発すると15分ほどで宇和島バスセンターに到着した。私の乗ったバスは宇和島バスの1号車であったが、ここからは阪神バスの2号バスが同行する。いつもは大阪へ向かうのは1台だけだが、年末、年始の旅行客の多いときだけ2台でるらしい。ここでも数人が乗り込み私の後ろの席も詰まってしまった。目がさえていたのはここまででバスが出発するときはぼんやり覚えているが走り出すと睡魔がおそい、窓のカーテンを閉め深い眠りについた。何度か背中が痛くて寝返りを打ったが、途中停車の三宮に着いたのも発車するのも気がつかず、梅田近くになって運転助手の方に肩をたたかれて起こされるまで全く気がつかないくらい爆睡した。時刻は6時前であった。
大阪に着いていつも思うことだが、変貌が激しいのに驚かされる。高層ビルが林立し、まるで山のようであり、道路が谷川のように見えるのは私だけだあろうか?
大阪6時23分発の快速電車に乗り込み、7時20分には草津駅に着いた。鞄は若干重かったが歩いて約20分の自宅に向かった。家に着くと、犬、女房、息子のkenとkouが出迎えてくれた。kenとは5月の連休以来の半年ぶりの再会である。彼は今、静岡県で働いている。
一時、休んだ後、栗東駅の近くの床屋に行き30日なのに比較的すいていてすぐ終わった。帰りにアルプラザで今日訪問予定の母親のために来年のカレンダーと小学3年生の国語の問題集を買う。
家に帰り、kouの運転で女房と一緒に大石の病院に入院している母親を訪ねる。途中私が卒業した石山小学校の隣にあるシャトレーゼという洋菓子屋によって看護婦さんに手みやげを買う。病院につくと患者が休憩室に集まっている。母親を見つけ昼食は済んだのかと問うと多分食べたと思うという。看護婦さんに尋ねると今終わったばかりという。母親はよく来たねとにこやかに挨拶をしてくれるが女房を誰かと聞くと弟の奥さんの名前を言う。それなら私は誰かと問うと弟の名前をいう。私が私の名前と女房の名前を教えるとああソウだったと話を合わせる。話の途中でもう一度私たちの名前を聞くと案外正確なこという。もうボケが進んでいてもう私も96歳だと何回もいう。ああそうかそうかと長生きできてよかったねと聞き流す。直前のことはあんまり覚えてないが女学生であった遠い昔のこととかはよく覚えている。前回訪問時に渡した折り紙で案外上手に兜をおっていた。今回渡した国語の問題集も興味をもって盛んに目を走らせていた。次回は算数の問題集を持って行こうと思う。指先が昔みたいに自由に動かないので文字も書きにくそうなので大きい字が書けるものでないと飽きが来て放り出してしまいそうなのでその点に心がけたい。
帰りに山手の所を通りかかると大粒の雪が降ってきた。途中南草津の駅前の極楽湯のサウナへ私だけが行くので下ろしてもらう。ここまで来ると雪が雨に変わっていた。女房たちはすぐ近くのスーパー平和堂によって食料をかって帰るという。銭湯はいつもと違って多くの人がもう休暇をとっているので結構混んでいた。
サウナに2回入り、湯船につかり雨模様の外を見ながら疲れた体を癒した。帰りは南草津からJRで草津に向かい、草津で王将の餃子2人前とビール、お酒各1本を食べ、飲み干し、帰りに持ち帰りの焼き餃子8人前を買い、ほろ酔い気分で歩いて自宅に向かった。
夜、酔いが醒めた頃、女房と2人の息子とともにkouの運転で草津駅前の近鉄百貨店の5階の赤坂飯店に行った。みんなそれぞれ好きなものを頼んだ。私はいつものようにピータンと紹興酒1合を頼む。ピータンは私は好物だが、女房は玉子の腐ったようなものはよう食べないといって一向に手をつけない。息子たちも右にならえといった案配である。
翌日の大晦日は朝から雪が降っており瞬く間に積もりだした。
大晦日といってもすでに女房や息子たちが家事を済ませており、私は何もするこがないので昨日につづいて南草津のサウナに行くことにした。この地ではかなりの大雪であったが自転車で草津駅に向かった。歩道は新雪で走りにくいので雪が解けている車に注意を払いながら車道を走った。風もきついので傘を差しながら自転車に乗ることはできないのでフード付きの裾の長い妻のジャンパーを借りた。草津に着く頃にはめがねに雪が積もり前が見えないくらいであった。電車は上下線とも15分ほど遅れて運転していた。南草津では駐車場を横切る際、遮断機のポールにしたたか頭をぶっつけた。通りを歩いていた女の子を連れた親子連れ3人があー危ないと注意してくれたが後の祭り、あとは雪で転ばないようにサウナへ向かう。ほうほうの体(てい)でやっと目的地に着いた。入浴料がいつもは550円なのに大晦日は13時までは360円の割引きであった。従って昨日よりももっと混んでいた。しかし、露天風呂は雪景色で寒いので露天風呂には入らなかったが中の湯船から見る雪景色は格別で、ここへ来るまでの疲れもいっぺんに吹っ飛んだ。
家に帰り、今晩は紅白歌合戦があるがあまり興味はない。午後9時からちょっと見た。いつもの小林幸子の奇抜な衣装だけに興味がある。今年も歌はたいしたことはなかったが、大きな羽ばたく鶴に乗った彼女の姿が瞼に焼き付いた。今年も6年連続で白組の男性陣が勝利した。
夜も更け除夜の鐘が鳴り出し、真夜中の12時を過ぎた頃、氏神様の菌(くさびら)神社にお参りにいく。女房は雪で足下が悪いので昼間に行くという。kenとkouの3人でお参りする。今回は犬のナナも連れて行かないことにした。お宮さんには数人の方がすでにこられていた。新年を迎えられた感謝、昨年の感謝、昨年の反省など68歳を迎え元気で居られることの感謝の祈りを捧げた。
いよいよ元旦である。年の初めの祝い膳を女房や息子たちが準備をする。私はお呼びでないので一人、朝刊を読みあさる。すごい厚さの新聞のページと、広告のチラシも半端な量でない。配達する人も重くてさぞ苦労したことだろう。早速、年末ジャンボの宝くじの番号あわせをする。10枚だけ女房に買っておいてもらった。当たったときの使い道を色々夢見ていたが毎年のごとく今年も泡のごとく一瞬で期待が消えてしまった。私の気持ちを女房に話すとせいぜい長生きしてくれと簡単にいなされた。
お膳の準備が整い、まず最初に私が神棚に灯明をつけ今年1年の抱負と家族みんなの安全祈願をする。つづいて息子たち、女房と続く。
全員机にそろい、女房や息子たちに日ごろの感謝の言葉をのべる。今まで社会人になってからは息子たちにお年玉は渡してないが今年はおもむろに懐から出して、息子たちや女房にも渡すとあり得ないといった驚きの表情で受け取った。早速中身の金額をみて、kenは旅費が浮いたと言って喜んでいる。kouは女房と一緒に住みいつも女房を病院へ連れて行ったり、買い物へ車で連れて行ったりして、日頃世話になっているが、いつも落ち着いていてあまり喜怒哀楽を表情に出さない。
女房はというと靴を買ったり、静岡に住むkenの所に雪をいただいた富士山をみがてら1泊どまりで行く旅費にするとかみんな勝手に使い道を話し合っている。喜んでもらって幸いである。また、女房からも息子たちにお年玉を渡している。私にはないのかとと問うとありませんと冷たくあしらわれる。
白みそで作ったお雑煮を祝う。お餅が沢山、入っている。おせち料理は女房自身が作ったものはわずかで、年々手抜きをして、お重箱(2段)も中身は全て梅の花で買いそろえたものである。以前は前の晩から張り切っておせち料理を作っていたのに今は変貌はなはだしい。時代が変わればなにもかも変わると合点し、おいしいおいしいといって息子が買ってくれた御神酒を片手に料理をついばんだ。
今日は雪が積もってなければ全員で伏見稲荷へお参りに行く行く予定だあったが道路の雪がまだ解けないので断念した。1日中どこへもいかず家の中に閉じこもった。外へ出たのは昼間、唯一、犬の散歩に出かけただけである。
正月2日は息子のkenが静岡に帰る日である。朝、お雑煮を祝って間なしに帰る準備を始めた。草津から快速電車で米原に出てそこから新幹線に乗り換えるとのことである。双子の片割れのkouが草津駅まで車で送っていった。この二人は非常に仲がいい。二人とも36歳で未だに独身である。早く所帯を固めて欲しいものである。私がこの年には3児の父親で上の子はすでに6歳になっていた。私の年始の願いの一つが彼らの結婚である。
寄る7時30分にkouにJR草津駅に車で送ってもらう。
20時30分頃大阪駅に着き、ヨドバシカメラに入ろうとしたら、閉店は20:00といってシャッターが閉まりかけていた。やむなく、バスが出る22時20分まで大部時間があるので、JR大阪駅の真向かいの阪急側へ渡り中華料理店でビールと焼きそばを頼む。量も味も物足らず近くの「うめや」という立ち飲みやでお酒2合と薫製のサーモン、じゃこおろし、おつけもの、焼きホッケなどで腹も満たした。この立ち飲み屋には団体で男の人達は多くいたが、若いビジネスウーマン風の方が一人で入ってきてびーるや何かを頼み、ビールを飲み干すとすぐにでていった。なかなか勇気のあるひとだなーと変なところで感心する。精算をし、22時前にバスセンターへ向かう。帰りもバスが2台来た。バスに乗り込むと直ちにアルコールの力を借りて夢心地で爆睡。途中、三ノ宮に止まったのも、東大洲、卯之町、吉田も気がつかず、宇和島に着く直前に目が覚めた。宇和島に着くと雨が降っていたので、御荘の液から歩いて家まで10分ほどかかるのでやばいなーと思っていたら御荘に着いたときは雨はやんでいた。家に着き15分ほどすると雨が降ってきた。タイミング良く家に帰ってきたことに満足。職場へのおみやげには息子がくれた土産のウナギパイと誰かが行って家にあったUNIVERSAL STUDIOS JAPAN(USJ)のチョコレート缶を持参した。
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